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誰の課題で、誰のためか?

おまえのためというのは、

大人になればわかる。

それはウソであると

こんばんは
ひきこもり・不登校・ニート・家庭内暴力
自立支援施設 粋塾新潟校のライスです。

昔はよく、「あなたのために言ってやってるんだ」
「あなたのためを思ってそうしてるんだ」
とか言われたものです。

それは、実際に為になった試しがありません。
なぜなら、

それをできてなくても
当人が困ってないからです。

大体において本当に困っているのは、
「あなたのため」と言わずにいられない人。

もし当人のことを真に思うなら、
当人が受け入れやすい言い方、
やろうと思えるアプローチを

しようとするはずだからです。

それには忠告をどう受け取るのか?
それが両者にとって1番重要なポイントです。

例えば私は料理を少しばかりします。
昔は夕飯をつくることも多少ありました。

「これはそうじゃなくて、こうやって」
「なんでこうなの?前言わなかった?」
「こうすれば良かったのにね」

そんな感じでアレコレ言われた時
「文句いうなら自分でやったら?」
とよく不貞腐れていました。

根底には誰かのためでなく
自分が面倒なことにならない為

やっていたことだから
忠告を受け入れられませんでした。

それは多分お互い様な感じでしたが。

最近はそういう小言を言われた時に
やはり癖で一番最初に「面倒だな」
と思うことも多々あります。

ただその直後に、
「ちょっと待てよ」と思い直し、

このやってることは
「誰のために、何のためにやっているのか?」

という問いかけを自分にして、
思い直すことができつつあります。

すると、自分本位の考えになっていたとか。
何のためにがズレた方向へいっていたとか。
自分はちっちゃい器の人間だったとか。

そういうことに途中で気づけて、
軌道修正をかけられることが増えました。

なるほど、そう考えてみると
相手のいってることも正しい。

そういう風に建設的に受け入れて、
お互いにとってプラスになれる行いを
選択できることも増えました。

なにかしら伝える側と
なにかしらを受け取る側、
双方の敬意と理解が大切だと思いました。

相手がどうか分からないけど、
まず自分がそれをできることで
相手と良い関係性をつくりやすい。

そういう確率が上がると思うので
深刻になりすぎず、真摯に受け止め
自己成長していけたらと思います。

今日も最後まで読んでくださり
ありがとうございました。

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