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足りないんだよ、◯◯感が

悲しい時には、
とびきり悲しい曲を

何かやりたい時には、
とびきり盛り上がる曲を

こんばんは
ひきこもり・不登校・ニート・家庭内暴力
自立支援施設 粋塾新潟校のライスです。

皆さんは、
いま、
現実感をもって生きていますか?

私はまだ、
そうだとは言いきれません。

ここでいう現実感とは、
いま、ここで、目の前の事を、
自分がどう感じ、どう動くのか?

それらを明確に認識し、集中できて、
ありのままを受け止められる状態

と定義します。

私は10年以上ひきこもってた間、
生きるために食っていくために働こうと
思えたことは1度たりともありません。

もちろん、情報や常識として、
働かなきゃ生きていけないし、
働かないといけないのが普通で正しい
という認識はありましたが。

なんとかやり過ごせるだけやりすごし、
ダメになった時はそれで終わりにすればいい。
そんな風にいつも思っていました。

しかし、
そこには何の現実感もありませんでした。

今までこう生きてきた感覚


未来にそう生きている感覚


そして、



いまここで生きている感覚

すべてに対してリアリティーが無く、
ただただ、空虚さを感じていました

数学の定理的なイメージで表現するなら、

y=ax

y=理解・認識
a=現実感・経験
x=目の前の現象・情報

どれだけ情報を与えられ、
こんこんと常識を説教され、
現実が目の前にあったとしても。

今でも生きるために、
お金を稼ぐために、
働くという気概はゼロです。

きっと生きることに困った経験もなく、
生きる事がリアルじゃないからに思います。

私がなんでいま働いてるかっていったら、
大切だなって思う人の支えになるため。

これあったら面白いなーって思うことを
実現できる自分に成長するため。

という夢見がちで現実性に欠けていて、
フワフワと地に足がついてない感じです。

経験や現実感が無ければ、
目の前にくるどんなことに対しても、

その意味や意義を認識することも、
理解することも全くできません。

そんな事やっても、意味がない

やっても、どうせ上手くいかない

周りはなにも、分かってくれない

何をやっても、今より良くなりはしない

そんな風に、◯◯◯しても、△△△ない。と
やる前から勝手に決めつけ、諦めてやらず
現実感もなく、妄想の世界で生きてました。

深い意味も理解できてないのに、
ただ、情報を知っているというだけで、

表層だけですべてを分かった気になって、
何の意味もないと切り捨ててました。

ひきもってる間のわたしは、
生きているのではなく、
死に損なっているだけ、
生ける屍のような空虚な感覚でした。

そんな状態から自立支援施設にいき、
目の前で起こることに向き合い続ける、
今までと真逆の自分を意識してやってみる、

そんな風に初めての事、知っていた事も、
上手くいかない事も、苦しい事も、楽しい事も、
いろんな経験をし現実感を得る

そうすることでようやく、
いろんな言葉や考え方・情報を
受け取る土壌ができてきた
ように思います。

下手の考え休むに似たり

それなりの研鑽や経験がない限り、
建設的に考えることは不可能だと思います。

考えるな、やってみよう

考えるな、感じよう

考えるな、続けてみよう


そうして初めて、考えられる

いろんな挑戦をし、刺激を受け、
自分に有用なものを見つけて、
取り入れていくといいような気がします。

一般的に良しとされるものでも、
自分に必要性を感じなければ、
取り入れる必要もないと思いますし。

私はいろんな種類の音楽聞いてると、


「なんでか分からないけど、
この音楽いまの自分に入ってくる」


「いま自分はこう風に感じていて
こんなことを求めているのかな?」

そんな感じに自分の中で
なんとなくモヤモヤとしていたことが
だんだんと整理されてきたりします。

そして、今の自分に現実感が生まれてきて、
良しやるぞーって気になったりもします。

もし、いま希望という種から
芽が出ていないとしたら、

現実感や経験といった
土壌ができてないのかもしれない。

自分にとって、その人にとって、
現実感をもてるものって何ですか?

今日も最後まで読んでくださり
ありがとうございました。

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