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まず形から整える大切さ

身体を整えることで

心も整っていく

こんばんは
ひきこもり・不登校・ニート・家庭内暴力
自立支援施設 粋塾新潟校のライスです。

本日はボランティアの方がきてくださり
寮のみんなの髪を整えにきてくださいました。

私も髪を切って頂いたのですが、
髪を切るハサミ遣いがまるで

温かみを持った手で撫でられてるようで、
とても心地の良い一時でした。

名残惜しいような時間が終わった後には
悩んでることも切り落としてくれたような
とても晴れやかな気分になれました。

忙しい中でもこうして気にかけ、
心遣いをしてくださりとても感謝しています。

つい3年前程まで私がひきこもってた頃は
髪を切ること自体がとても嫌でした。

なのでひきこもってる間
外に髪を切りにいくことはありませんでした。

髪が伸びてきて邪魔だと思えば
いつも自分で丸刈りにしていました。

外で髪を切るのが嫌だった理由が
主に3つあります。それは、

①余計なことを聞かれる不快感

②自分にお金を掛ける罪悪感

③中身が無いのに外見を飾りたくない

①よけいなことを聞かれる不快感



田舎の方だったからかもしれませんが
髪を切られている時によく話かけられました。

「お仕事は何をされてるんですか?」
「学校はどちらの出ですか?」
「最近◯◯が流行ってますよね」

という感じに話かけられるのが嫌でした。

後ろめたいと思ってることを答えたくないし
流行や社会の動向が分からなかったから
話しを合わせられずに苦痛でした。

②自分にお金をかける罪悪感



自分が何の役にもたっていなかったから
自分にお金を使うこと自体に
物凄い罪悪感がありました。

そりゃ生きてるだけでも金かかるから
生きてること自体に罪悪感でいっぱいでした。

嗜好品を買うのに能動的にお金を使うのは
とてもじゃないですけどできませんでした。

なので仕事をするようになってからも
1年間振り込まれる給料を見ることもなく
一切個人のお金を使いませんでした。

③中身が無いのに外見を飾りたくない



中身がダメなのに頑張って
ハリボテつくっても仕方ない。

まず精神的に良くならないと
何をやっても無駄だと思ってました。

嫌なイメージのことばかりで、
あまりなにもやりたくありませんでした。


しかし、ここ3年ほどでいろんな事の
イメージが劇的に変わりつつあります。

それはなぜかって考えてみると、

①食わず嫌いを減らし
未知に対する経験値を増やした。


②新たに肯定的な経験を多く積めた。


③世の中捨てたもんじゃない
と思える人にたくさん出会えたこと。

とくに③の今までになく、
純粋な優しさをもってたり、
尊敬できる方々に出会えたのが
自分の中では大きいと感じます。

初めは環境変わっても意味ない、
人と関わっても意味ない、
何やっても意味ない。

そんな風に決めつけて
分かったような気になり
何も分かろうとしませんでした。

意味は分からんけど
とりあえず受け入れてやってみよう。

やりながら、これにどういう
意味があるのか分かろうとしよう。

そういう風にとりあえず形から入り
経験を積み重ね続けることで
ようやく少しずつ分かることが増えました。

本当に分かるためには
実際に経験してみて、

何が分かってないか分からないと
考えることすらできないんだと思います。

いろんなことを理解できるように、
まず形から入ってやってみて

実際にどう感じるのか?
何を知れば、すれば前に進めるのか?

ということを学び、良きものを取り入れて
一歩ずつ成長していけたらと思います。

まず経験してみて、
身体で感じてみよう!

今日も最後まで読んでくださり
ありがとうございました。

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