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こもりびとの29

人によって、状況によって

正しいも間違いも変わる。

選択に安心感を取り戻そう

こんばんは
ひきこもり・不登校・ニート・家庭内暴力
自立支援施設 粋塾新潟校のライスです。

こもりびとを見ようと思ってたものの
前回は見逃してしまい、
昨日になって見ていました。

1番感じたのが二重苦。
いわゆるダブルバインドというやつでしょうか。

「こうでなきゃいけない」という期待と、
「そうできてないという」現実のギャップ。

「こうしよう・こうありたい」という理想と、
「それではいけない」と否定されるギャップ。

そういう期待・恐怖のはざまで葛藤し、
動けなくなってることが多いのかな。
なんて思ってました。

ダブルバインドという例えでいうと
昔こんな出来事がありました。

燃えるゴミとプラゴミの分別で
文句を言われたことがあったようです。

プラゴミは再利用するため、
食べ物や汚れたものが入ると困る。

よって基本は綺麗に洗ってプラゴミ。
それが難しい汚れなら燃えるゴミ。
とするのが実情のらしいですね。

そして苦情を受けたことで、Aさんが、


「汚れた物や、どっちか迷う微妙なものは、
とりあえず燃えるゴミに入れておこう」


そのように伝えてきました。

それからしばらくして、Bさんが、


「燃えるゴミの袋にプラが入ってると
近所の人から何か言われたことあるから、
汚いものでも全部プラゴミに入れて」


そのように伝えてきました。

汚れたプラゴミを捨てようとすると、
燃えるゴミに入れればBさんに、
プラゴミに入れればAさんに、

「それじゃダメ、こうして」と否定される。

燃えるゴミに入れる方が正しい。
そうは分かってるんだけど、
またBさんに何か言われるのも嫌だなー。

そんな風に感じて、
ゴミを分別すること自体が苦手になりました。

ゴミを捨てる行為をする度に、
「また何か否定されるんじゃないか?」
っていう嫌な気持ちになったものです。

頭の中では、否定されてる場面や言葉が
ゴミ捨てるたびに再現されるようでした。

燃えるゴミの方が正しいから、そうする。
Bさんがそういうんだから、そうする。
自分がそう思うから、そうする。

そんな風に割り切って行動できれば、
どんなにラクになれるだろうか。

注意した人からしてみれば
良かれとおもってやってるんだろうし、
善意の正義を掲げられてるだけに、

怒ることも、否定することもできず、
行き場の無い悲しみを持て余し、
沈黙し、憤りを感じたものです。

わたしの場合は、
そういう人による曖昧さがとても苦手で
明確なルールがあった方が安心して行動できます。

あるいは、少々のことは
気にしなくて自由にしても大丈夫。
下手でも失敗しても全然OK。

失敗から学んでより良い形に
活かしていければいいってのも好きです。

あっちもいいし、こっちもいい。
正しくても、間違っててもいい。
失敗しても、成功してもいい。

そんな風に選択に安心感が生まれれば、
考えを行動できる
ように思います。

人は生まれながらにして、
「なんでもなんとかなる」と考える
王子様・王女様として生まれてくる。

しかし、途中で魔女と出会い、
「何もできない」と考えるカエルに変えられる。
そのようなお話があります。

その魔女というか呪いというのが、
否定というか、恐怖というか、

ダブルバインドの積み重ね。
なんじゃないかなとか思います。

長く否定で縛られたものを緩めていくには、
時間と手間が必要になるかもしれません。

非生産的に見える活動だとしても、
主体的に取り組める機会を増やしていく。

目の前の1つ1つへの安心感を取り戻し
1歩1歩、地道にゆるめていこう。

今日も最後まで読んでくださり
ありがとうございました。

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