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見えるけど、見えないもの

能力や結果は見えるが、

努力や人生は見えにくい

こんばんは
ひきこもり・不登校・ニート・家庭内暴力
自立支援施設 粋塾新潟校のライスです。

年齢の時間だけ、
必ずなにかを積み重ねている。
それが良いものであれ、そうでないのも。

私があった人で
字や絵がとてもステキな人がいました。

「すごい字がキレイですね。
何かなさってたんですか?」
ってその人に聞いてみました。

「特になんにもしてません」と返ってきました。
※ドモホルンリンクルはやってません。

でも、そんなはず無いと思って、
学生時代の話を詳しく聞いてみました。

すると、小さい頃から綺麗な文字が好きで
授業中にクラスメイトの名前を
ひたすら書体を真似て書いてたり、

面白いと思った絵を真似して
よく書いていたという話が出てきました。

それだけ美しさを追求して努力してきたなら、
それほどの技量なのも納得しました。

その人は好きでやってただけだから、
頑張って無理に努力したわけではないから、
積み重ねが見えづらかったのかもしれません。

他人の人生なんて覗けないから、
知ってか知らずか、どんな努力をしているか?
なんてなかなか見えるものではありません。

本人が無意識になんとなく過ごしてる中に、
素晴らしい積み重ねがある場合もあります。

むしろ意識的な積み重ねよりも、
無意識的な積み重ねの方が、
圧倒的に多いようにも思います。

話すのが好きでコミュニケーションを鍛えてたり、
読書が好きで読解力を鍛えていたり、
スポーツが好きで運動能力を鍛えていたり。

そういう見えない部分
気づいてない部分を度外視すると、

あたかも、初めから才能や能力がないから
できないように感じます。

他の人も特別何もしていないはずなのに、
なぜか自分だけできないと錯覚しやすい。

自分だけ特別、苦しくて、悩んでいて、
他の人が幸せに思えて妬みやすくなる。

けど、そうじゃないんですよね。
自分が人間であるように、
似たような人間です。

積み重ねなければ、
いつまでもできないままだし、

ご飯も食べれば、トイレも行って、寝る。
それぐらい自然に、ネガティブに考えるし、
悩みや苦しみも、みんな抱えている。

ただ、その中でも、
意識を向けて大切にしてることが違うだけ。
ちょうど政党支持のようなかんじでしょうか。

怠惰の自民・批判の民主
ネガティブの社民・希望の維新の会の中で、
少数派でも希望を選択肢していくみたいな。



※話の比喩として用いてるだけで、
実際の党とは全く関係ありません。

わたしはそれこそ10年以上
ひきこもってたわけですから、
良い積み重ねなんてまるでありません。

これまでやってこなかったのだから、
いまさら0からなんて・・・と感じて、
どうしても動き出すには抵抗があります。

しかし、中国のことわざで
こんな言葉がありました。

木を植えるのに一番よい時期は20年前だった。
次によいのは今である。

何歳になったとしても
始めるのが遅すぎるということはない。

いま、ここで、自分が、
好ましいものを積み重ねていく。

個人的には、未来の成果よりも、
未来の成果に向けて取り組んでる時が、
1番幸せな気がします。

結局のところ、
将来のたのしみに向けて取り組んでいる、
いまに集中できている状態が1番好き。

ただ表面的な行動や結果をだけ見て
評価するのではなく、

その行動をする理由や積み重ねを
尊重して、応援して、
より良い状態をつくっていきたいと思います。

今日も最後まで読んでくださり
ありがとうございました。

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