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不器用な人はいない

できないのではない

ただ、慣れてないだけ

こんばんは
ひきこもり・不登校・ニート・家庭内暴力
自立支援施設 粋塾新潟校のライスです。

今日はみんなと体育館へ
バドミントンをしに行ってきました。

みんな初めてという中、
「自分不器用で運動音痴なんで、できないかも」

という人もいれば、
やるのが楽しみって人もいました。

未知の体験を目の前にして、この意識の差は
どこから生まれるのでしょうか?

やってみた結果からいうと、
1番初めこそ多少の差はありましたが、

ある程度やっていたら、
みんな大差のないレベルでプレイしてました。

初めは不安に感じてた人も終わってみれば、
「できなかったらどうしようと思ってました」
と完全に杞憂に終わりました。

やってるうちに段々上達して、ラリーも続き、
ドタバタ動いて、笑って、
良い汗をかいてきました。

器用に見える人はなぜ器用かというと、
初めからなんでもできるわけではなく、
コツを掴むコツを知ってる。

どう考えて試行錯誤し改善していけば、
上達できるかを知って実行できている。

ではないかな?って思います。
自分不器用な事が多いので、
あんまりわからないですけど(笑)

反対に不器用が多い人というのは、
やってみて上手くいかなかったら、
途中で思考停止して止まってしまう。

やっても上手くいかないから、
それ以上はやらない。

やる必要にせまられれば、
延々と嫌々同じことを繰り返すだけ。

ようするに、器用に見える人と
不器用に見える人の違いは、

上手くいかなかったり
失敗して挫折した時に、

試行錯誤して変化を試し、
改善していこうとするか?


とりあえずの現状維持、

途中で投げ出してやめるか?

その違いなように思います。
もっとも、
どっちが良いとか悪いは全くないんですけどね。

要するに、器用な人とは、
失敗や間違えることを
変化を試すことを許容している。

面白いもので、

器用な人ほど、
失敗して間違うことを許容している。

不器用な人ほど、
上手く完璧にやろうって思っている。

失敗したって、間違えたって、
不器用でも、上手く出来なくたって、
なんにも恥ずかしいことじゃない。

本当に悲しく、寂しいのは、
そういう努力してる姿をバカにして、
そういう可能性を遠ざけ続けて、

好奇心をなくし、
自分も周りも誤魔化して、
初めから挑戦しないこと。

できぬは一時の恥、

やらぬは一生の恥。

今年の私は、
恥を大切にするというテーマなので、

行動に重きを置いて、
一時の恥を積み重ねようと思います。

今日も最後まで読んでくださり
ありがとうございました。

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